今日の「それいけ!アンパンマン」は凄かった!「さばくのアンパンマ

だめブログ。

◆今日の「それいけ!アンパンマン」は凄かった!
今日2008年4月11日のアンパンマンのBパート「さばくのアンパンマン」のエピソードは、展開もアクションシーンも、非常に見応えのある回でした。
(ネタバレがあるので反転します)
このエピソードでは序盤からばいきんまんのバイキンUFOとの戦いから始まります。バイキンUFOは撃退したものの、アンパンマンのマントは破れ、空を飛ぶことが出来なくなります。途中の森で道に迷ったネコの子供を助け頭のアンパンを食べさせた後に親元へ届けます。この辺り最近はゲストキャラがフォーカスされて、減ってしまったアンパンマンの原点である「お腹のすいた人に顔を食べさせてあげる」という描写が、きちんとなされており嬉しいところ。その後アンパンマンジャムおじさんの待つパン工場へ帰るために砂漠を徒歩で横断します。そして、おじいさんが泉で困っているのを見つけ更に顔を食べさせてあげます。その後、憔悴したアンパンマンが、みんなの役にたつんだと独白するシーンがあるのですが、アンパンマンアイデンティティーが人を助けることにあるのだと改めて確認。正直アンパンマンにはリアリティーのかけらもありませんが、ここまでストレートに他人の為に活躍するんだという奉仕精神が心に刻まれているキャラクターが成立しえるのはファンタジーっぽい舞台設定があってこそですね。自分が死ぬかもしれない状況下であえてアンパンマンのそうした面が台詞で強調されるのを見ると、何とも切迫した感じがします。その後小鳥と会話する場面を交えながら、砂漠を横断するアンパンマン。そんな彼を、再度ばいきんまんが、もぐりんで襲います。凄いなと思ったのが、ここからのアクションシーンです。さっきも述べたように、今回のアンパンマンはマントが破れたため空を飛べず、また、もぐりんも鼻がドリルになっている地中に潜る機能を備えたメカです。アンパンマンでは珍しくアンパンマンvsばいきんまんの地上での戦いが描かれます。緒戦は、アンパンチともぐりんのドリルとの激突です。いつもは空中で放たれるアンパンチですが、地上に両足を踏みしめながら放たれるのを見ると、印象が違います。しかし、アンパンマンは顔を食べさせてしまっているので力が出ませんので、効き目もありません。徐々に追い詰められていくアンパンマンの姿に緊迫感があります。しかし、もうダメだと思った瞬間、突然登場するバタコさん。彼女が乗っているアンパンマンごうは車輪部分がキャタピラで何気に砂漠仕様。彼女から新しい顔がアンパンマンに投げられます。どうして此処が分かったの?と問いかけるアンパンマンですが、先ほど会話した小鳥がジャムおじさんに砂漠で困っている事を報せてくれたのでした。そして、再開される対もぐりん戦ですが、力を取り戻したアンパンマンがもぐりんのドリルを両腕で摑みこみ逆に持ち上げられたもぐりんの本体が空中で回転しはじめ、耐え切れなくなったドリルが折れてしまいます。そしてドリルの折れたもぐりんの鼻からゲンコツを出して襲い掛かるばいきんまんを一蹴し決着が付きます。この一連のアクション描写が、空を飛べないアンパンマンは一体どう戦い抜くのかをちゃんと上手く描いていて非常に良かった。そういうわけで、今回のアンパンマンのアクションシーンは素晴らしかったと思います。終盤アンパンマンに顔を食べさせてもらった人が感謝しながら終わるのも良い。あと、バタコさんがマントを修繕しているのは、こうしきHP の設定通りでした。

一昨年の「アンパンマンと ドクター・ヒヤリのしま」のエピソードも派手なアクションシーンが面白かったのですが、今回の「さばくのアンパンマン」は一見地味ですが色んな工夫があって面白かったと思うのです。
個人的にはここ数年のアンパンマンではベスト3に入るエピソードでした。今回見逃した人は、後で見てほしいです、是非。


◆本

信じぬ者は救われる

信じぬ者は救われる

香山リカ菊池誠の対談本。なんとなく印象に残った発言が香山のものが多いのは、これと前後して「セックスがこわい」*1など香山リカの本を続けて読んだからかもしれない。この本のなかで、香山リカが述べるところによれば、学生向けの講義でスピリチュアル的なものを種明かししたら学生の中から、このまま信じさせて欲しかったという意見があったそうである。心地よいファンタジーの世界に浸らせていたかったということなのだろう。香山リカは学生までがスピリチュアルなものにそこまで癒しを求めているのかとコメントしていた。こうした学生の振る舞いは、香山リカの次の指摘と繋がっているのだろうか。彼女によれば科学的知識は分断されてトリビア化されているという傾向があるという。ウィキペディアなどでバラバラに読んだ知識で満足して体系的な科学的知識を学ぶまでには至らないのであれば、この世界と自分の関わりを根本的なところで理解しようという姿勢がないということになる。トリビアルで聞いて楽しい科学的実験や考察の結果を知っているだけなら無根拠なスピリチュアルなものをただ信じるのと変わらない。楽しいものを集めて自分だけの居心地の良い部屋をコーディネイトしていれば、心もやすまるのだろうけど。スピリチュアルなものの中には宇宙意思等といったものと直接コンタクトして世界の真実を述べると称するものがあるそうだが、こうしたものを信じられるのも、そこで語られる世界と個人が繋がる感覚が、直接的なもの故ではないだろうか。社会の仕組みや宇宙の成り立ちに対する知見を基礎から積み上げていけば、自分にとっては理解出来ない・割り切れぬ事実だとか、面白くない側面を見ることになりかねない。直接世界とコンタクト出来れば、そうした猥挟物を見なくて済むはずだし、全能感も得られるし、何より楽しそう。ところで対談で二人はスピリチュアルなものは結局は根拠のないもので大多数のケースでは信じる人にとってデメリットを生み出すものに過ぎないという事で合意はしている。しかし、それでも主観的にはスピリチュアルなものに救われている人や実際に癒しを得ている人に、ただ事実として間違いを指摘することが、彼らを本当に救う事になるのかという疑問が提示されている。これは何度も聞いたような議論なのだが、現場の感覚としては拭いきれない問題なのだろうか。

へへへ、主語と述語の関係をいい加減にして書いてみましたよ。
二人のどちらの意見かブログ主の意見かを見分ける為には本を読むしかなさそうな感じにしたかった。



図書館戦争アニメ版
第一話。俺は原作本を読んでないのだが(正確に言えば立ち読みして適当にアレしたので読んでないのだと言うしかない)、ちゃんとアニメだけで設定やキャラとキャラの関係が理解できるアニメでよかった。他の新番組と較べても入りやすそう。原作つきのアニメは世界観が原作で既に確立しているから、やりやすいのかなぁ〜?

あえて漫画版

図書館戦争 LOVE & WAR 第1巻 (花とゆめCOMICS)

図書館戦争 LOVE & WAR 第1巻 (花とゆめCOMICS)

*1:

セックスがこわい―精神科で語られる愛と性の話

セックスがこわい―精神科で語られる愛と性の話